概 要

 日本は地形が急峻で多雨気候にあり、いたるところに水辺がある。また湿地やため池など、水域から陸域にかけて連続性のある場所は移行帯(エコトーン)を構成するため、その特異な環境から他には見られない生物相をもつ。日本の中においても群馬県は変化に富んだ地形を有し、水系では多くの湿原や湖沼・ため池、利根川や渡良瀬川などの河川に恵まれ、県土の約3分の2を森林が占めている。本研究では、こうした内包する多様な立地環境によって高い生物多様性を持つ、群馬県内および近接地域の水辺環境において、そこに生育する植物の生育の現状を明らかにし、過去に調査暦のある場所は、それからどのように変化したかを解明した。

 赤城山覚満淵では36種の在来種、4種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。ニッコウキスゲ個体数は、大川(2005)調査時より大幅な減少が見られ、観光重視で設置されたワイド木道により分布範囲が狭められつつあることも明らかになった。保全活動についても管理主体である群馬県が、専門家の知見を生かすことの無い誤った保護策を行っていることが原因で、良好な水辺環境が次第に衰退していることが明らかになった。

 玉原湿原では1種の外来種、44種の在来種、3種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。またハイイヌツゲの一部衰退がみられた。これは専門家の実践的研究成果を反映した適切な管理を管理主体の沼田市が行っていることで良好な水辺環境が維持され、貴重な植物種も保全されているといえる。

 (株)アドバンテスト ビオトープでは18種の外来種、50種の在来種の生育が確認され、3種の絶滅危惧種の継続的生育が確認された。また土壌含水率・土壌窒素分析を行い、貴重な植物種の生育場所となる移行帯の形成要因を水域から陸域にかけて土壌含水率・土壌窒素濃度に傾度があることを示すことで明らかにした。

 板倉ウエットランドでは当該地域の代表的な水辺環境である渡良瀬遊水地・朝日野池・行人沼を調査し、13種の外来種、45種の在来種、14種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。

 西榛名では、3種の外来種、65種の在来種、19種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。植物種多様性の高い地域は特に水辺周辺に集中していることから、伝統的な農業の形態により水辺環境の多様性が維持されていることが明らかとなった。

 石田川流域の2ヶ所の親水公園では、自然景観とはまったくかけ離れた庭園風の造園が形成されていた。また13種の外来種と26種の在来種、5種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。さらに3種の外来種と1種の絶滅危惧種が混在して生育していたことから、元々は良好な水辺環境であったものが、造成工事などによって破壊されたとも推察された。

 伊勢崎世良田周辺では、7種の外来種、27種の在来種の生育が確認された。また耕起・湛水された休耕田にて2種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。これらの種は農薬を使用しない雑草防除方法により生育が可能になっているものと推察された。

 才川では、4種の外来種、2種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。

 館林地区では、湿性地帯2種の外来種、16種の在来種、8種の絶滅危惧・希少種の生育が確認された。当地ではヨシが大繁殖していて、確認された種はすべてヨシのない湿性地帯またはヨシ原の外側で確認されたものである。今回の調査により、ヨシの繁殖は植物種多様性の減少や景観の単純化を引き起こすといえる。

 発芽実験は在来種であるオモダカ・ヒロハノハネガヤ・ツリフネソウ・シドキヤマアザミ、外来種であるアメリカタカサブロウの、計5種で行った。これにより、オモダカ・ヒロハノハネガヤ・ツリフネソウは永続的シードバンクを形成する種と推察され、アメリカタカサブロウ・シドキヤマアザミは人為的に撹乱を起こした立地に生育しやすい種と推察され、異なる発芽特性を確認することが出来た。

 本研究により、群馬県内および近接地域の水辺環境には、貴重な種が未だ数多く生育していることが明らかになった。特に複数の管理主体が連携して適切な保全活動が行われている場所では、良好な水辺環境が保たれていた。また里山環境の維持により貴重種が生育している地域も確認された。その一方で専門家の知見を生かさず、利用者優先の開発行為が行われている場所では貴重な水辺環境が破壊され、貴重種の減少や外来植物の侵入が多くなってきていることも明らかになった。

 今後の水辺環境の保全対策として、里山地域では減っていく農業の担い手を増やすなどのアンダーユース対策と環境破壊を招く大規模開発を防ぐための社会的基盤の整備が必要となる。ビオトープや遊水地、湿原は専門家の意見に基づいた、人間による適切な管理が必要となる。

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